上橋菜穂子(講談社文庫)
「守り人」シリーズや『獣の奏者』など、
日本を代表するファンタジー作家の旅エッセイ。
旅は心と身体を非日常空間に連れ出し、
いつもと違う視点や重力を体感させてくれますが、
文化人類学者でもある作者の感覚はまたひと味違う。
たくさんの国と地域の、様々な時代に飛んでいくことができ、
各エッセイの結びの部分に、そういう見方があるのか、
といちいち感心してしまいました。
そうか、ファンタジーはこうして生まれるのだ、と、思いました。目の前にある壁が、ふいに、物としての壁ではなく、人の暮らしが沁みこんだ何かに変わる。それも、数百年の時の中で、連綿と重ねられてきた何かに。
いま、ここにあるものの奥に、人は様々なものを見ている。見たこともない人の暮らしを、想うことができる。壁は、ただ壁であるだけではない。「現実」とは、きっと、こういう想いを含んだものなのだ。そして、ファンタジーは、そういうすべてを塊で掬い上げることができる大きな器なのだ、と。(「時ありき」より)
0コメント